更新履歴

お問い合わせ

がん性疼痛による動きの障害

感じてみる

 肺ガンが仙骨と右腸骨に骨転移、下腹部に皮膚転移のあるHさん。

 Hさんは栄養不良のためとても痩せていました。ガンの痛みが辛く、動けなくなり、左足に右足を絡め屈曲した状態で左向きに寝たまま動けなくなり入院しました。

 触るだけで痛みが激しくなるので自宅療養中は家族も触ることはできませんでした。入院後、看護師もほとんど触れることができないまま過ごしました。そのため、左側の足の付け根に褥瘡(床ずれ)が発生しました。

 入院してから2週間目の頃にHさんにお会いすることができました。

 左足に絡んだ右足。右ひざは左ひざの下にあり、右足首は左足首に乗っていました。

 体位変換のため、右ひざの下に入っていたクッションをそっと抜くと、Hさんは小声で「いた・・い」。右ひざを動かすと「いた・・い」。

 とても静かに触れるだけで、Hさんは痛いと教えてくれました。

 痛みがある場合、緊張を感じながらゆっくり静かに動かすことは有効ですがHさんにはそれだけでは足りませんでした。

 頭と胸はほとんど上を向いています。     

   左足首に乗った右足部を少し動かしてみました。Hさんは痛いといいません、緊張も感じませんでしたので乗っていた左足から下ろしてみました。

 大丈夫です。

 次に、右下腿に乗った左下腿をゆっくり下ろしました。

 この動きの間、Hさんの呼吸は穏やかでした。

 曲がってしまった左足の膝を少し伸ばすことができるようになりました。

 右足をわずかに動かしても苦痛な様子はみられなくなりました。

 

 どうして、最初に右の膝を動かすと痛かったのでしょうか?

 

 患者さんと同じポジションになると気付くことがありました。

 左足に右足を重ねて絡めて、左向きに寝てみます。

 ベッドについた右ひざに手を当ててゆっくり持ち上げてみます。

 右ひざにかかった、骨盤と両足の重さは右の足の付け根に流れていくのを感じ、強く絡めていれば痛みも感じました。

 身体を反対側に傾けるために、動かしやすいと思って触った部分は、両足と骨盤3つのパーツを同時に動かす状況をつくってしまっていました。

 足は一本でもかなりの重さがあります。右膝を最初に動かすことは、その重さの負担を転移のある右の腸骨付近にかけていたことがわかりました。痛いはずです・・・。

 足の絡みを、重さのかかっていないパーツからほどくと、右足、左足、骨盤は別々になりそれぞれの固まり(マス)で動かすことができるようになります。

 “マスは一つずつ動かすと負担が少ない”これはキネステティクスの「マスとツナギ」の概念です。また、接触するときは「インタラクション」の概念が役立ちます。接触した部分から自分の筋肉にある感覚(キネステティクス感覚)に注目すると、患者さんの変化はキネステティクス感覚を通して知ることができます。

 

 その数日後、Hさんは亡くなられたのですが、今まで全く動かせなかった足がわずかに動き、褥瘡も改善したと教えて頂きました。